“普通”である状態が一番多いのが人生。2011年を振り返る。

日々

“普通”である状態が一番多いのが人生。2011年を振り返る。

たくさん2011年の振り返り記事を読んでいて、書くつもりは無かったんだけれどやっぱり書こうと思い立った大晦日。もちろん今年もたくさんの事があった。ぼーっとその事を思い返しながら考えていたら、社会人1年目の頃にお世話になった先輩の言葉を思い出したんだ。

 「人生で一番多いのは、良い時でも悪い時でもなく、“普通”な時なんだ。」

確かに、忙しい時もそうでない時も、仕事をしている時も遊んでいる時も、小さなドラマの積み重ねで成り立っている。記憶に深く残るのは何か大変な事を乗り越えたりといった感情が大きく振れる時だ。しかしそれらを総じて考えると、やっぱり“普通”な時が一番多いんだよね。

ただ厄介なのは、感情が大きく揺れ動く出来事があるとアドレナリンが出まくるからか強い刺激を後まで引きずるって事なのかな。一番大きな刺激はやっぱり、2010年末のあのプレゼン、完成と同時にふと朝日を見た時のあまりの神々しさに実は少し泣いちゃった事とか。その後の成功体験もあいまって、ものたりなさも感じた2011年。

2011年元旦に書いた今年の豊富を改めて読み返してみると良く分かる。文章がめっちゃ固いやないか(苦笑)「謹賀新年:好奇心と、出会おう2011。」しかしこの「好奇心と、出会おう」というフレーズは今年それはもう目に穴が空く程反芻した言葉だし、ソニーのこのCMも何回見た事かという感じだったけれど。

2011年の前半は、その前2010年末からの、とにかく目の前を飛んでいるものはどんなものでも有り難く頂戴する、という自分の領域以外の事も含めて手を出しまくっていた。その中でも貴重な経験を積ませた頂いて事をまるめて書くと「会長プレ」に尽きる。この経験は、一生ものになるのは間違いない。

さらに、2011年を振り返る全ての人が口にするであろう、3.11。私は当時もその後もずっと東京に居たけれど、これまでの人生の中で全く経験も想像すらしたことの無い事態に、計画停電・節電もあってリアルにも暗い日々。不謹慎なのかそれが現実なのかは分からない。でも、まだ事態も把握出来ていない震災当日は帰れないしみんなで飲み、非常にタイトなスケジュールで進めていたキャンペーンで稼働していたプロダクションを独断で止めて帰宅してもらい、コンビニから食料や飲料が一切無くなっても外食すればいいし、余震が続く中、世の中の騒ぎと自分は乖離があってどこか楽天的だった。なぜならそれはここが東京だから、だろうか。

2011年の後半は営業に異動し、(現在進行形なので中略します)今に至る。そう、2011年の元旦に立てた目標は、何一つ実現できちゃいない。というか、そもそも2011年中に実現出来る目標ではなかったのだ。そんな事も分からずに立てた目標。この大晦日の土壇場で社会人1年目に教わったはずの言葉の意味がようやく理解出来た。その事に気づいたんだ。また先日の忘年会の時に、尊敬する先輩がくれた言葉がある。

 「お前はたとえ年収2,000万円もらっても満足出来ないタイプの人間だから、“次”は10年スパンで考えて行け。1年で1.1倍に、10年で2倍になるような事を考えろ。お前は突発的に動くからしっかり地に足を付けて、そこが心配なんだ。」

その心は、たぶんまだ消化しきれていない。けれど、大晦日の今日にいろいろと思い返していて、また考えていて、その手がかりにたどり着けた気がして、ようやく2011年の振り返りが書けるようになった。これはまた明日書くと思うけれど、まさしく10年がかりの、最初の一歩を。ありがとうございました、2011年。そしてもうすぐ、2012年。

本年、本当にお世話になりました。
来年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。



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Tetsunori Yuasa

Tetsunori Yuasa

自己紹介: 1983年9月8日 福岡県生まれ・名古屋在住。住んだことがあるのは福岡・大阪・東京・ハノイ。すきなことは、たび / うたう / ねる / みる / よむこと。世界旅行記はこちら。フリーでお仕事のご依頼はこちら。連絡先はこちら [email protected]

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