「金は払うよりもらう方が楽しいって社会の方が健全」について

熟考

「金は払うよりもらう方が楽しいって社会の方が健全」について

「ときに小僧、なぜ今時、新聞配りなぞやっておる?」

・・・。“金をもらう練習”のためかな。

人っておもしろいもんでさ、金の払い方は五歳のガキでも知ってんのに、もらい方は大人でも知らなかったりするんだよね。そりゃ金使う方が、頭下げて金もらうより気分いいから?。“お客様は神様です”なんつって、つい消費者の方が偉いんですって態度を振りかざすけど、あれって本来は売る側の気持ちの話しでしょ。

だけど、みんなが金を払う側になっちゃったら、一体誰がサービスするんだって話だよね。俺は、金は払うよりもらう方が楽しいって社会の方が健全な気がするんだけどな。

小説 東のエデン「劇場版2」より抜粋

先日、「小説 東のエデン 劇場版」を読みました。特に劇場版2の方は、もうめちゃくちゃ感動して、というか勉強になるんだけど、そこから少しだだけ抜粋しました。

抜粋部分で太字にしてある「金は払うよりもらう方が楽しいって社会の方が健全」という言葉、いろんな物語があって最後の方に出てくる言葉なんだけど、すごく考えさせられる言葉だ。

「卵が先か、鶏が先か」とか、「早寝早起き、じゃなくて早起き早寝」のような、どっちが先かみたいな話しに近いかもしれないけれど、おれも「金は払うよりもらう方が楽しい」方がいいと思う。

シンプルな話しで、「あ!どうもいらっしゃいませ☆」って言うのか、「いらっしゃいませー(棒読み)」って言うのかって感じで、どっちの方がサービスする方も、される方も楽しいのかって。

「お金をもらう」って事に対して、「楽しい」と思える社会だったら、閉塞感も、不況も無くて、うまく経済が回る気がする。

でも、もしかすると「楽しい」と思えても、仕事によっては「もらえる金額」とのバランスの中で次第に「楽しくなくなってくる」かもしれない。

それをいかにして「楽しい」と思える方に「戻せる」のか、って事まで含めて「お金をもらう方が楽しい社会」を創れるのか、という事なのかな。

もちろん、自分ひとりでどうなる問題でも無いのだけれど、自分と、自分の手の届く範囲まで、みんなが知恵を出し合えるような環境が作れれば、世の中もっと「楽しく」なるのかもしれないね。

他人任せにしない、逃げを決め込まず、向き合っていくのに、少しずつでもできる事を探さないと。そして、実行していこう。これは、私のビジョンとも重なっている大切な(楽しい)課題だ。

小説 東のエデン 劇場版 The King of Eden Paradise Lost



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Tetsunori Yuasa

Tetsunori Yuasa

自己紹介: 1983年9月8日 福岡県生まれ・名古屋在住。住んだことがあるのは福岡・大阪・東京・ハノイ。すきなことは、たび / うたう / ねる / みる / よむこと。世界旅行記はこちら。フリーでお仕事のご依頼はこちら。連絡先はこちら [email protected]

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