たった一人の無名な兵士

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たった一人の無名な兵士

ふと思い出した昔話が、先日「チェ28歳の革命」を観たときに、「戦争の勝敗はたった一人の無名な兵士が左右する」というセリフを考えてみようと思った事とリンクしたので書いてみます。
小学校3年か4年の頃、私はサッカーを習ってました。ほいで、昼休みとかによくクラスメイトとサッカーをしていたのですが、そんなある日の話し。
じゃんけんでチームを分けてゲーム分けをしてたのですが、たまたま、私のチームが私以外サッカーをあまりやったことの無い人ばかりだった。一番仲の良かった友人Fも、ちょっとぽっちゃり系で、あまり得意ではなかった。
でも、「それでも、勝つゾ!」って、私と友人Fは、勝てる見込みの無かったゲームで逆に開き直って勝つ気で、冗談っぽかったけど、楽しくサッカーやろってみんなと盛り上ってた。
「諦めない」のではなくて、「信じる」わけでもなくて、ただ、純粋に「勝つ」と。そんな”雰囲気”でサッカーやってた。特に友人Fの底抜けの明るさに、みんな盛り上ってた。なんでかな、、負ける気はしなかった。
結果、びっくりするくらいのチーム力で、勝っちゃったんですよね。相手は、サッカー少年団に入ってる人たちばかりだったのに。確か、1-0くらいだった気がする。
そう、このときの「たった一人の無名な兵士」はきっと、友人Fだったんだろうと思う。一応、私はサッカー少年団に入っていたけれど、ぽっちゃり系の彼、友人Fは、たぶん意識したわけでもないのに自らの行動で、チームの雰囲気を作った。
そして、その時それをアシストできたのは、たぶん私だろうと思った。(別に、だれにでも、当たり前に起こっていることのひとつにすぎないけれど)明らかに、実力的に劣ったチーム。だが、そんなことはどうでもいいことなのだ。
その時に放たれる「意思のチカラ」、重たくもなく、軽くも無い、「純粋な精神力」それが勝敗を左右するという所以なんだろうと思った。そしてこれは、「無意識」にやる場合と、「自分の意識」でやる場合がある。
昨年の10月頃からの自分自身のテーマにもなっているけれど、この”雰囲気”は、「自らの意識」でつくりだすことが出来る。今、「何を」見ればよいのか、それに対してジャンプするんじゃなくて、はるか上空を突き抜けるような「精神」で、具体論を示していく。
そんなに、いつもこの「精神の放出」が出来るわけではないけれど(ものすごく、疲れるので)、自らの意識で、その、「たった一人の無名な兵士」が生まれるような、”雰囲気”を作り出すことも出来るようになってきた。
もちろん、自分自身が、「たった一人の無名な兵士」にだってなることもある。ただ、役割はどれでも良くて、その、「アシストする精神を放出する人」と、「たった一人の無名な兵士」と、その周りにいるすべての人々、みんなに伝播している”雰囲気”。それらすべての要素が、また、「勝敗を左右する無名の兵士」を作り出すのだと。
放出した精神が、いろんな人に乱反射して、さらに強い輝きをつくりだす。そんな、雰囲気。一人がみんなの「無名な兵士」となり、みんなが、一人のための「無名な兵士」になる瞬間。そんな瞬間を、もっと経験したい。

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Tetsunori Yuasa

Tetsunori Yuasa

自己紹介: 1983年9月8日 福岡県生まれ・名古屋在住。住んだことがあるのは福岡・大阪・東京・ハノイ。すきなことは、たび / うたう / ねる / みる / よむこと。世界旅行記はこちら。フリーでお仕事のご依頼はこちら。連絡先はこちら [email protected]

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