日々


1
1月 11

謹賀新年:好奇心と、出会おう2011。


Vera & Rocky

ウサギ年!新年、明けましておめでとうございます☆

昨年は、大変お世話になりました!
本年も、何卒、宜しくお願い申し上げます。

というわけで、早速自分の今年のテーマと抱負を。

2011年のテーマ [ 好奇心と、出会おう。

「 それは、世界中と、キミの中に眠っている。 」

28歳まで、あと250日。
今年は、勝負の年になります。

2011年は、全てにおいて手を抜かない、
より多くの人に良い影響を与え続ける事を前提に、
好奇心と出会う、2011年にします。

新しい領域

新しい舞台

新しい世界

新しい自分

新しい生活

新しい・・・。

何年もかけて、磨き上げてきた己の真価を問う年。
強烈なコミット、強烈なプレッシャーを、
好奇心と出会う事で、真剣でも楽しく、乗り越えて参ります。

至らぬところの多い私でございますが、
何卒、宜しくご指導ご鞭撻の程、お願い申し上げます☆


31
12月 10

動いた、2010。


今年のはじめに立てたテーマは「動く、2010。」でした。

1月から、今年1年を振り返ってみても、
これ以上「動く」事は出来ないと言い切れるほどに
「動き」まくった1年だった。

個人プロジェクトではサービスローンチもでき、
仕事では量をこなしまくった1-3月、
M大先輩のご指導のおかげで一人立ちさせて頂けた4-6月、
夏の暑さにも負けず必至に食いついた7-9月、
そして、仕事の質が劇的に変化し、大きく突き抜けた10-12月。
さらに、夢に向かってずっと温めてきたものが鼓動を開始。

仕事も、個人としても、大きく成長できた1年だったし、
多くの人に学ばせて頂き、多くの人にお世話になった。
また、自分の中で大きな収穫もあった1年にできた。

動いた結果は来年、2011年に大きく実る。
2011年は、勝負の年。

2010年動いた事で、大いなる自信も得た。
準備万端。

己に対する強烈なコミットと、
己に対する強烈なプレッシャーに打ち勝ち、
ゾクゾクする2011年にします☆
だって、“この手に握るのはワクワク感”だから☆

最後に、2010年のテーマソングは「lecca / My measure」でした。

「こっから世界を変える、なんて大それた夢、を胸、に抱いてるの☆」

2011年は・・・


11
7月 10

情報を大枠で掴むということ


日々、なんらかの形で情報を取得している中で、これはある程度「量」を取得している事が前提にはなるけれど、「大枠」でトレンドを掴む事ができる。

例えば、最近デジタル関連では、「電子書籍関連」とか、「Groupon類似サービス」あたりがにぎやかしい。ってか、加熱しすぎだろと感じるくらいだ。他にも、一巡してちょっと落ち着いた感もあるけれど、引き続き「ソーシャルゲーム関連」も熱量がある。

毎日の“素振り”として、膨大な情報量を短時間で処理しているだけでも、ざっと感じる事が出来る中で、「自分がどうしようか」という視点で考えると、「電子書籍」と「Groupon類似サービス」はたぶん今は手を出さない。(今からでも突破できる方法はあると思うけど)

特に「Groupon類似サービス」は、ちょっと向かうべき方向性が違うんじゃないの、、と感じるくらいの加熱具体だ。フラッシュマーケティングで割引する、じゃなくて、例えば「○○○人集まったらライブを実現します!」みたいな向かわせ方とかにすると、大きく意味合いが変わってくる。そういう意味でいくと、まだやりようはあるのだけれど。(詳しくは書かないけど)

ソーシャルゲーム・ソーシャルアプリに関しては、既に一巡した感も無きにしもあらずだけれど、今からでも勝ち抜ける方向性が、パッと考えるだけで大きく2つあったりと、まだまだやりようがある。これは、ソーシャルゲームが「コンテンツ」という単位だからという事もある。(これも詳しくは書かないけど)

と、ここまで前置きが長くなってしまったけれど、「単体の情報」のうねりを、複数の情報ソースから常に自分の中を通るように、「楽なルーチン」にしておくだけで、大枠を掴む事ができる。

大枠が掴めている前提で、例えば前置きで書いたような、みんなが向かっている方向にガーっと突進していくのが良いかと考えてみても、勝算があれば別だけど、そう甘くもないだろう。

電子書籍とかGroupon類似サービスとかソーシャルゲームとか、みんなが気づき出したものを大枠で掴んでおきながら、その流れから、今何をすべきかを判断する。

時代と、みんなが向かっている方向を、情報を大枠で掴み、その上でちょっと先を見据えて今、静かに実行に移す。打つべき手が見当たらないように見えて、実は「来年爆発させられる領域」は確かにある。

つまり、情報を大枠で掴んでいるという事は、今成すべき事も見えている、ということだと思う。


28
6月 10

共有からくる逆回転現象


改めて感じる機会があったので、「共有」について書いてみたいと思います。

土曜日は会社の先輩の結婚式でした。チャペルで新婦がお父さんと腕を組んでヴァージンロードを歩き、途中からお父さんの手を離れて一人で歩き、新郎の元まで行ってお父さんの方に振り返った瞬間、うるってなってるのを見てちょと感動。超美男美女の素敵な結婚式でした☆

会社の先輩なので、Web広告に携わっている人がたくさんいました。結婚式なので、みんな写真をめっちゃ撮るのですが、写真を撮りながらふと気づいたのが、「みんな写真を撮ってるけど、たぶん写真を撮ったらTwitterにUpするんだろうな」って事。Twitterやってる人たくさん来ていたから。

みんな写真を撮る。そして、TwitterなりWebでUpする(だろうと思われる)。すると、Twitterのアカウントを知っているので、その撮った写真は自分も見れるし保存できるわけだ。その時点で、人が撮った写真が、適当な言い方をすると「自分のものになる(できる)」。ジャイアンじゃないけど、人のものはおれのもの的で、これっておもろい感覚だなぁーって。

極論、自分で撮らなくても誰かが撮ってくれるので、自分で撮らなくてもいい。そんな感覚も同時に感じながら、逆に、自分の視点と他人の視点は違うのでそれはそれでおもしろいという気持ちもある。同じ時間、同じ場所で得た「経験」が、違う視点から様々なマテリアルを通じて自然に「共有」されている。

デジカメが普及して、手軽に大量に写真を撮って保存できるようになってから、みんな写真をめっちゃ撮るようになった気がするけど、なんだか写真を撮る事自体が目的になってしまっているように思える時も。その時、その場を楽しみつつも、ひたすら写真撮っている、みたいな状況が、ケータイとカメラが一緒になることでさらに促進されていたようにも思う。

それが、Twitterなどのソーシャルメディアでの関係が広がるにつれて、得る「経験」を、人のものはおれのもの的感覚も感じつつ、「共有」が促進される事で(写真をやたらと撮るみたいな事が)逆回転し始めるのか、と考えてみるとおもしろい。自分で生成するマテリアルと、他人が生成するマテリアルの両方を得る事ができる中で、人はどのようなバランス感覚を養っていくのか、また、どんな役割を得るようになっていくのか、興味深い。

これからもまた自分の経験も踏まえつつ考えていきますよ。というあたりで思考を止めて締めになりますが、須崎さん、ご結婚おめでとうございます☆


20
6月 10

経験量最大化プロセス「マクドナルドでアルバイトするという事は?」


最近、「経験」について何度も話す機会があるので、改めて書いてみようと思います。「マクドナルドでアルバイトをする」という経験をしたとする。ここに至る為には、様々なプロセスを経ている、という話し。

マクドナルドがアルバイトを募集していたとします。しかし、マクドナルドが何の店か理解していないままでは、マクドナルドでアルバイトをすることは無いでしょう。つまり、マクドナルドでアルバイトをするということは、マクドナルドを理解しているから、と言うことになります。

しかし、マクドナルドを理解する為には、その前に必要な事があります。「知る」と言うこと。街角で見つけるのか、看板を見つけるのか、友達が食べているのを見るのか。何かしらの方法で「マクドナルド」について知っているからこそ、理解もできます

知る → 理解する → 経験する

「マクドナルドでアルバイトする」と言うことは、こういうプロセスを踏んでいるはず。この順番で考えてみた時に、一番左の量が一番多くて、右に行くにつれて少なくなっていきますが、難しいのは、知らない事は知りようが無いという事。

常日頃から情報流通経路を確保し、効率化し、「楽なルーチン」に落とし込んで「知識量」と「理解量」を蓄えておくことで、「経験」を積むチャンスを逃さず、「経験量」を増やすことができると思います。