正しい答えは、正しい問いによって導かれる。

日々

正しい答えは、正しい問いによって導かれる。

タイトル出落ちの本文ですが、考えても考えても辿りつけずにめぐりめぐり迷路に迷い込んでしまうことってないですか?例えばこんな問題が出たとしたら…。

け、け・・消しゴム!?そうですね…消しゴムなんて一言も出てきていないのに答えを導き出さなければならないなんてことも、社会人になれば乗り越えなければならない壁として立ちはだかったりするので、その為の訓練の一環でしょうかねー。

新キャラDさんキタ━(゚∀゚)━!てかそもそもBさんもCさんどうしたいったい。

いやいや、それだけじゃない。よくある(?)会議室での一幕として大先輩に教えて頂いたこのムービー(字幕ONにすれば日本語字幕付きになります)もゲラゲラ笑ったんですけど、何が面白いかって実際にこんな会議ってあるからなんですよねー。ほんと。
 
 
批判や否定は小学生でもできるんで意味がなくって、何かを知りたい・得たい・成し遂げたいなどと考えている人がどんな「問い」を出すのかってとても大切だと思うんですよね。

例えば反省会。新規開発や新規事業が失敗して何も完成しなかった時に「何が問題だったのか?」という問いを出してもあんまり意味が無い。対岸の火事だったので野次馬的に盗み聞きしていると聞こえてくる聞こえてくる、非建設的な他者批判や否定・責任転嫁の雨嵐で何時間、何日も潰している様を。

そういう時ってこういう内容が聞こえてくるんだなって勉強になったのが「あの時◯◯しなければよかった」だったり「あの時やめておけばよかった」みたいな、ネガティブな発言ですね。もうやめる前提で振り返ったり諦めの声がどんどん大きくなる。

そうじゃなくって、対岸の火事の野次馬だった私がランチ食いながら興味本位で(サーセン)出した「問い」は、「◯◯を次に成功させるためには何が必要ですか?」だった。迷い込んだ果てにたどり着いた悲しい結末だったので急に聞かれて答えられるわけもなく、いくつかの質問を繰り返しているうちに核心に辿り着いた時に、やっぱり「問い」って大切だなと改めて感じたんですね。

そして、「問い」ってのは出す方が得たい何かに対してどんな意図や意志を入れるのかでだいぶ変わる。もちろん答えもだいぶ変わる。

当事者になっていると見えにくくなることもあるだろうから、組織の全く関係無い誰かに会話して軌道修正するとか、自分自身が陥らないように気をつけよーっと思っていた頃に「弟の宿題が超難題」が話題になってて笑ったので書いてみましたのでした。



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Tetsunori Yuasa

Tetsunori Yuasa

名古屋在住・住んだことがあるのは福岡・大阪・東京・ハノイ。世界のいろんな街を歩きながら、歴史的建造物や風景や食事などをInstagramで撮るのが好き。撮りためた世界旅行写真はこちら。お仕事のご依頼はこちら