幕末に新島襄は単身アメリカへ渡った。現代を生きる私はベトナム(ハノイ)へ行きます。

ベトナム 仕事

幕末に新島襄は単身アメリカへ渡った。現代を生きる私はベトナム(ハノイ)へ行きます。

みなさん、大河ドラマ「八重の桜」観てますか?八重の二番目の旦那さんである新島襄は幕末、函館から単身渡米したそうです。アメリカで10年、様々なことを学び、日本でキリスト教に根ざした学校を設立したいと一念発起。京都で同志社大学の前身となる同志社英学校を設立して奮闘するさまが、ちょうどリアルタイムで描かれていますね。

それを引き合いに出すのはあまりにもおこがましいことではございますが、私は2013年10月8日(火)に日本を出国してベトナム(ハノイ)へ赴任致します。一時帰国は2014年1月8日頃を予定しておりますが、完全な帰国予定は未定です。

なぜか、私がお世話になった先輩や、尊敬する人、一緒に仕事をさせて頂いた方などがベトナム(主にホーチミン)に行ってまして、いろんな方々からベトナムの話しを伺う機会が多く、話しを伺う度に「私もベトナムへ行きたい」という想いが強くなっていきました。
 
 
行きたい理由はたくさんありますが、やはり自分の目指すビジョンである「make emotional scene 〜エモーショナルな“シーン”をつくる〜」ことを、実現・実行する為に、私はベトナムへ渡ります。

実現したいビジョンに加え、具体的なアイデアもあるけれど、実行手段が見つからない。そんな時に私を誘って頂いたUさんには本当に感謝しています。あんなにも、電撃が全身を走るような感激を覚えたのは、D社でお世話になったKさんにある案件を担当させて頂いて、それがうまく行った時以来の衝撃でした。この電撃が無ければ、私はいまだに悶々とした日々を過ごしていたことだと思います。
 
 
7月1日に個人事業主として独立して、最弱チャレンジャーとして再出発をしてから3ヶ月。頭では分かっていたはずの、事業を始めること、成り立たせること、そして成長させることの難しさを、少しは経験することが出来ました。実はベトナムへ赴任するにあたり、私は契約社員として務めさせて頂くことになりましたので、個人事業主を廃業致します。
 
 
なりふり構わず、全ては、夢の実現のため。
 
 
なので以前書いた記事「北海道で暮らして午前中は酪農、午後からは東京WEBのお仕事。そんなスタイルを試してみたい。」は、おあずけです。というよりも、本当はこの記事の先に、お金を貯めてベトナムに渡りたい、という想いあってのことでしたので、先にベトナム行きが決まった感じです。

そういえば、ベトナムへ行くからか、最近ベトナムの記事がよく目につきます。例えばこんな記事など「ベトナムのスタートアップシーンが東南アジアで最も積極的である10の理由

ちなみにベトナム赴任が決まったのは9月24日でしたので、出国まで2週間しかありませんでしたwでも、それでも受け入れて頂いたUさんはじめA社の皆様にはとても感謝しています。急転直下な話しではありましたが、このワンチャンス、何が何でも掴みたい一心でしがみつきました。ただ準備期間が短いと、いろいろとても大変ですので、基本はじっくりと準備期間を設けることをおすすめしますw(何を準備したかはまた別記事書きますね。)
 
 
そうそう、私は日本を愛しています。以前の仕事で47都道府県全てを訪れる機会を頂き、またその土地それぞれの魅力に触れる中で、ますます日本が好きになりましたし、日本各地の魅力を語り始めたらいくらでも話せる自信があります。突然なんだって話しですが、せっかくベトナムへ行くのですから、ベトナムの魅力を語れる人にもなりたいです。

異なる文化に触れ、初めて見る景色、風習や言葉。まずは自分が染まってみて、魅力を肌で感じ、そして、私の先輩方が私にしてくれたように、ベトナムの魅力を語れる人になりたい。そもそも、1ミリも英語すら出来無い私ですが、並行して語学の勉強もがんばります。が、、がんばります..。

だって、私にとってはとても不思議なことなのですが、いろんな方と話す時に「海外赴任します。」と言うと「すごいですね!」という反応が返ってくるのに対して、「ベトナム赴任します。」と言うと「大丈夫?」って反応が返ってくるの、悔しいですもの。私がこんなに行きたいと魅力に感じたベトナムなのに、とてもさみしい反応だと思う反面、私自身が魅力を語れていないからなのだと。(って、まだ行ったこと無いので当たり前ですが。。)
 
 
ちなみに、ベトナムの地理的なところや表面的な数字を並べてみますと・・・


大きな地図で見る

こんな感じで海沿いに縦長の国です。

GDP(名目)は約1,100億ドル(2012年)こんな感じで右肩上がり。

インターネット普及率は約40%

携帯電話普及率は約150%

人口は8,878万人で平均年齢が27.4歳(!)で非常にパワフルなお国柄とのこと。まさしくこれからの国だと、いろんな方がおっしゃっておりました。そのパワーを、私も糧としたい、自然とそう考えるようになりました。(GoogleのPublic dataって便利ですね。)
 
 
約7年半前、インターネットというものに出会い、広告の仕事の楽しさを福岡で知り、もっと未知の領域へ踏み出したいという想いを旨に東京へ来たのが約6年前。とてもエキサイティングな日々でした。そしてまた、未知の領域に一歩を踏み出すワクワク感と、全く言葉の分からない国へ行き、そもそも生きられるのか..言いようの無い不安で胸が破裂しそうになりながらも、私はそれで生きている実感を感じています。うん、私はまだ生きていた。

不安なのはほとんど、「知らないから」だと思うので、一つ一つ勉強して知り、また体験して、自信にしていくべく、がんばります。私のビジョンは何をしていても変わらず・・・だから。これを芯に、関わる全ての方へ、関わる全ての方にとっての価値を出して参ります。
 
 
make emotional scene



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Tetsunori Yuasa

Tetsunori Yuasa

自己紹介
1983年9月8日 福岡県生まれ・名古屋在住。住んだことがあるのは福岡・大阪・東京・ハノイ。すきなことは、たび / うたう / ねる / みる / よむこと。世界旅行記はこちら。フリーでお仕事のご依頼はこちら。連絡先はこちら [email protected]

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